想像の箱庭
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重い金属製の扉を開いた部屋の先には、色鮮やかな庭園のような場所が広がっていた。
無機質な壁や天井は澄んだ青空の色に染まり、清々しい草木の香りやそよぐ風さえも感じられた。とてもここが地下の一室だとは思えないほど、異質な空間だ。
(落ち着かないな。)
安物のスーツを身にまとった彼は、胸の底から這いあがってくるような不安感を覚えたが、ぐっとそれを飲み込んだ。それから静かに息を吐くと、苔むした地面に敷かれた踏み石をたどり、小さな池の近くへとやってきた。
「こんにちわ」
池のそばに佇んでいた相手は、彼の声掛けに体を硬直させると警戒する素振りを見せた。
「大丈夫。何もひどいことはしないから」
彼は大げさな身振りで自分が無害であることを示した。しばらくして、相手が警戒を解いたのを確認すると、彼は早速、本題へと会話を移した。
「この部屋の中で自由にしていてほしいんだ。それだけだよ」
「じ、ゆ、う」
「そう、自由。好きなようにしていい。自由にしていいんだよ」
怪訝そうな相手に、彼は何度も「自由」と繰り返す。しかし、その言葉は聞くほどに縛り付ける枷のような重さを感じさせた。
「じ、ゆ、う」
相手は口の中で言葉を反芻し続ける。骨と皮ばかりの出涸らしのような体を縮こまらせて、とび出さんばかりの大きな目を泳がせる。その隣には、主のいない腹話術の人形のように押し黙った巨体が、生気のない目をして寄り添っていた。彼ら(おそらく人間である)は二人で一つなのだ。
「じゃあ、私はあっちに戻るから。時間になったらまた来るよ」
踵を返す彼の姿に、出涸らしはようやく反芻をやめると、巨体の腹話術人形とともにその背中を追い始めた。気づいた彼が何か言おうと振り返るより先に、短い機械音が二回、部屋中に響き渡る。
「はいはい。分かりましたよ」
姿の見えない「誰か」に、反抗の意思がないことを肩をすくめて証明して見せる。すぐにまた機械音が、今度は一度だけ鳴った。彼は仕方なしに、近くにあった庭石に腰を下ろすと、おもむろに上方を見やった。すいと、何かが翼を広げ滑空していった。姿のない、ただ影だけの「何か」だ。
「私はここにいるから」
ぽつりと彼はこぼすように発した。
「じ、ゆ、う」
「そう」
それ以上は言わなかったのは、無意味だと思ったからかもしれない。出涸らしと腹話術人形は、自由の名のもとに、ただじっと彼を見つめていた。
いい加減上方を見るのも飽きた彼は庭石から腰を上げると、場所を移動し、その背後に広がる芝の斜面に寝転がった。
「じ、ゆ、う」
目を瞑ったまま彼はもう何も答えなかった。相手は、のそりと斜面を登ると、先客を真似てそこに寝転がった。
他者の気配を感じつつも、彼はあっという間に思考の渦巻の彼方に吸い込まれていった。もしかしたら、思考だけでなく自身の存在自体も吸い込まれていたのかもしれない。そんな感覚があった。
「生きるものに自由など存在するのだろうか」
渦巻の中で、そう問いかける。
「そもそも、自由とはなにか」
「私が思い行動すること」
「本当に」
「なぜ」
「本当に、「私」が思い行動しているのか」
「そうだとも」
「なんのために」
「私のために決まっているじゃないか」
「私が「私」のために思い行動していると、本当に信じているのか」
「信じているとも」
「その先に「他者」がいたとしても」
「どういうことだ」
「私は「他者」がいて初めて存在し、他者の意思によって「私」の自由が生まれる」
「そんなことは間違っている」
「どこが」
「私の自由は誰にも縛られることはない。私の意思を持って生まれたものだ」
「その考えはどうして生まれた」
「どうして」
「私という「他者」によって生まれたのではないか」
そこで、ぷつりと問答は途切れた。
思考の渦巻きは見る間に解け、彼は元の場所へ戻ってきた。
「じ、ゆ、う」
ふいに、どこからか言葉が漏れる。重苦しいしゃがれ声が、体の内から吐瀉物のように上がってくる。
「そう、自由」
声のした方を見ると知らない男がいた。一体いつの間にやってきたのだろう。黒い短髪の、安物のスーツを着た男だ。
「自由を見失ってしまったね」
男はそう言うと、立ち上がり大きく伸びをした。それを見計らったように、機械音が三度、けたたましく響いた。
「じゃあ、私はあっちに戻るから」
颯爽と斜面を下り男は去っていった。物言わぬ腹話術人形だけがそばに残された。
「じ、ゆ、う」
「彼」だったものは、じっと自らの手の平を見つめた。骨と皮ばかりの出涸らしのような体がそこにあった。
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2026.8.1