夢のつづきを見せてください

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「あははははは!」
目覚まし時計が鳴るより早く、翔平は自分の笑い声で目が覚めた。まだ鳴らない時計のスイッチを止め、さっきまで見ていた夢を思い出す。
(面白い夢だったなあ。)
内容を脳内で再生するだけで、笑いがこみ上げてくる。
「なあに?にやけて。」
「いやー、ちょっとね。」
着がえも朝食も、翔平はにやにや締まらない顔ですますと、やっぱりにやにやしながら登校していった。
(今日は早く寝て、夢の続きを見るぞ。)
授業中もついにやにや。先生の話も上の空になるくらい、翔平はすっかり夢の事に夢中だった。
夕食後、すぐにお風呂に入ると、
「おやすみなさーい。」
「もう寝るの?」
驚く家族をよそに、翔平はさっさと布団にもぐりこむと、はりきって目を閉じた。が、もちろんそんなに興奮したままで眠れるはずもなく、何度も寝返りを打ったり羊を数えたりして、いつもと同じ時間になってようやく眠りについた。
白茶けた景色がもやのように広がっていき、だんだんと、ここが夢の中だということが翔平にも分かってきた。
(そうそう。この夢、この夢。)
昨日と同じ風景に、夢の続きを想像し、翔平は頬をゆるめた。しかし、展開は期待していたものとは違う、ひどく退屈なものだった。
「なんだよ、これ!」
思わず文句が口から出る。風景は同じなのに、登場人物はたった一人。昨日はいなかった少年の行動を見ているだけの夢なのだ。しかも、少年はずっと翔平に背中を向けているから、顔も見えやしない。
(つまんないなぁ。あーあ、早く朝にならないかな。)
ぼんやりと少年の背中を眺めていた翔平だったが、ふと、あることに気がついた。
(あれ?この道って、もしかして……。)
風景がいつの間にか、見慣れた場所へと変化しており、小学校へ続く道や、友達と行く駄菓子屋の古い看板も、現実の世界と同じように存在していた。
よくおつかいさせられるスーパーの前を通り過ぎたとき、翔平はさらにあることに気づいた。
背中しか見えない少年の服装が、自分の物と何から何までそっくりなのだ。
(こんなことって、ある?)
背負ったランドセルについた傷―凍った坂道でソリ代わりにして、お母さんにこっぴどくしかられた、あの傷だってそっくりについている。
(あれは、僕だ!)
その瞬間、目の前を歩いていた少年は足を止め、
「やっと、気がついたのか。」
そう言って、くるりと振りかえっ……。
「うわあー!」
悲鳴を上げ、翔平は夢の中の少年が振り返るより先に飛び起きた。心臓がバクバク鳴って、とても恐ろしい気持ちだった。
(嫌な夢になっちゃったなぁ。)
楽しい夢の続きを見たかっただけなのに、予期せず怖い展開になってしまい、翔平は重いため息をついた。
その日の学校の帰り道、翔平は思い出したように、
「夢の僕は、どこに行くつもりだったんだろう。」
夢の中の翔平はランドセルを背負っていた。学校の帰りに、スーパーの前なんか通らないし、家にも帰らずもう一人の自分は、どこへ向かっていたのだろう。
無意識に、翔平は、夢の中の自分と同じ道をたどっていた。不気味な夢だったけれど、考えると気になって仕方がなかった。
途中で夢から覚めたので、スーパーを通り過ぎてからの、もう一人の翔平の足取りは分からなかったが、なぜか自然と足が道を選んでいた。
「ここは……?」
たどり着いたのは、家と家の間に、ぽつんと取り残された空き地だった。
(お化けとか、いないよな?)
決して広くない雑草だらけの空き地に、翔平はそっと踏み込んだ。日光が遮られ影が落ちているそこが、現実から離れた異様な空間に思えて、ぷつぷつと鳥肌が立った。
「あっ。」
空き地の隅に、誰かが立っているのが見えた。影がかかって顔は見えないが、直感的に、翔平はその誰かが、夢の中に出てきたもう一人の自分だと分かった。
「よく来たな。」
生意気な口調で、もう一人の翔平が話しかける。得体の知れない相手の雰囲気に、お腹の中がひんやりとして、翔平はごくりとつばを飲み込んだ。
相手はまっすぐ影の中からこちらへ近づいてくる。ざかざかと草を踏む音が大きくなっていく。
「これで、やっと僕が本物になれる。」
「え?」
理解できないでいる翔平の前に、もう一人の翔平がゆっくり影の中から出てきた。同時に、翔平は声も出ないくらい驚いて、心臓が飛び出しそうになった。
「か、顔!顔が……ない!」
「びっくりした?」
ひっくり返った声の翔平に、もう一人の翔平が大きな声で笑う。本来顔のあるべきところには何もなく、真っ暗な闇のような黒い塊が不思議に浮かんでいた。相手は、その黒い塊を翔平に近づけると、
「お前の顔をよこせ!」
恐ろしい声で翔平に迫ってきたのだ。地を這うような低い声は、もはや翔平の声とは似ても似つかない怪物の声だった。
「うわあああああ!」
震える足で翔平は一目散に逃げ出した。
「待てー!」
後ろからは、もう一人の自分だった怪物が追いかけてくる。
「誰か、誰か助けて!」
息が上がって苦しくなり、足も夢の中みたいにもつれて上手く走れない。それでも、翔平は必死に助けを求めて走り続けた。
「どうして誰もいないの?」
おかしなことに、さっきまであんなに大勢いたのに、今は街のどこにも人影が見えない。人っ子一人残らず消えてしまっているのだ。
「わあっ!」
もつれた足に引っかかり、翔平は大きく転んでしまった。立ち上がる間もなく、追いかけてきた怪物がのしかかる。
「顔をよこせー!」
「助けてー!!」
力いっぱい抵抗しながら、翔平はありったけの声で叫んだ。それがあまりに大きな声だったものだから、自分の耳の中でぐわんぐわんとサイレンのように響いた。
「……い!翔平!」
「ん……。」
誰かに強く揺り起こされて、翔平は目を覚ました。すぐそばで、お母さんが心配そうな顔をして翔平を見つめていた。
「翔平、すごくうなされてたんだよ。こんなに汗かいて……、大丈夫?」
「ぼ、僕……。あ、顔……。」
はっきりしない頭のまま、翔平は自分の顔をぺたぺたと触った。顔はちゃんとついている。
(そうか。全部、夢だったんだ。)
不安が消え、ほっとしたせいか急に涙が溢れてきた。
「やだ、どうしたの?そんなに怖い夢だったの?」
突然泣き出した翔平の頭を優しく撫でながら、お母さんはわざと明るく笑った。
「それじゃ、おやすみ。」
「うん。おやすみ。」
明かりが落とされ、部屋の中がしんと静かになる。
(今度は、楽しい夢を見られますように。)
怖い夢は、もうこりごり……の、はずだったが、
(でも、やっぱりあの夢の続きも気になるなぁ。)
うとうとと、先ほどの夢を思い浮かべながら、翔平は再び眠りについた。

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