鳥乙女と流れ星魔法使い−うた−/サンプル

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  ひょるるるるる……
 冷たい音を立てて、風が吹きすさびます。霧が立ちこめ、じっとりと体をぬらしていきます。
「困った。困った……」
 先ほどから続く二人の言葉がこだまになって帰ってくるばかりで、ここはずいぶん寂しい場所です。
 方位磁石を取り出してみても、ぐるぐる針が回るだけでまるで役に立ちませんし、霧のせいで何も見えませんので、不安になる一方です。
「晴れるまで待ちましょう。やっぱり危ないわ」
「でも、三日もこうして晴れるのを待ってても、これだぜ?歩くほかないよ」
 がさがさと落ち葉をふむ、ルークの野太い声は少し苛立っています。
「なら、あと一時間待ちましょう。それでも晴れなかったら歩こう」
 なるべく危険を避けたい鳥乙女がそう提案すると、ルークはしぶしぶ承諾しました。
 待っている一時間に何もしないのは退屈なので、二人は湿った地図を広げ、おそらく自分たちがいるであろう、おおよその位置を再確認しました。
「北に行けば街があるみたいだから、どうにかそこまで着きたいな」
「そうね。あったかいお風呂に早く入りたいわ」
 立ちこめる霧をお風呂の湯気に見立て、鳥乙女はお湯につかるそぶりをしました。
「ははは、そりゃいいや。霧ってのは、じんめり冷たくて本当に嫌んなる。温泉でもあったらいいな」
 つられて、ルークもそんな風にのん気に温泉を思い浮かべました。
 一時間がたちました。霧は相変わらず晴れません。
 二人ははぐれないよう、ロープで互いの体をつないで歩き始めました。
 しかし、方位磁石も当てにならず、ならばと調べた木の年輪もめちゃくちゃ。太陽もない中、どうやって北を目指すのでしょう。
「いっちょう、こいつに賭けてみようや」
 取り出したのは、ルークの杖です。鳥乙女にある不安がよぎります。
「こいつが倒れた方向に進むんだ」
「やっぱり……。大丈夫?迷ったりしない?」
 これ以上迷ってしまっては、元も子もありません。鳥乙女は疑いの眼差しを向けました。
「大丈夫だって。さあ、行こう」
 自信たっぷりにルークが杖を立てると、ぱたりと左に倒れました。二人は左に進みます。
 そうやって、杖の倒れるほうにどんどん進んでいくと……、
「信じらんない!本当に着いちゃった!」
 霧を抜け出し、街の見える場所までたどり着くことができたのです。
「もしかして、ルークの魔法?」
「こればっかりは違うよ。こいつのおかげさ」
 目をやると、杖が得意げにしているように見えました。
「あなたすごいのね。ありがとう」
 撫でられて、ますます得意げです。
 運のいいことに、街は温泉が湧き出す湯治場でした。
 宿を取り、二人は早速念願の温泉へと向かいます。
 ぽかぽかのお湯に、石鹸のいいにおい。まるで夢心地です。二人とも、すっかりいい気分になりました。
 湯上りに、瓶入りのフルーツ牛乳を飲んでいると、同じく客のおばさんに話しかけられました。
 おばさんは、今日帰る予定だったそうですが、霧で乗合馬車が出発を見合わせたため、もう一日逗留を伸ばしたのだそうです。ですから、二人がこの霧の中を歩いてきたことを話すと、目を丸くして、
「まあ、そうだったの!もう、大変だったでしょう?」
「そうなの、大変だったの。でも、彼の持っている杖のおかげで助かったの。ね、ルーク」
 急に話しかけられて、ルークは瓶を口につけたまま、首を縦に振りました。
 その後も、この辺りは霧のかかる日が多いこと(これは役に立つ話でした)や健康のこと、おばさんの若いころの話など、二人の話はうんと長くて、終わるまでにルークは瓶を五つも空にしてしまいました。
 ふかふかの布団でぐっすり眠った二人は、朝起きると元気いっぱい。朝食もたらふく食べて大満足です。
 出かける準備を整えると、まずはお店を見て回り、最後に馬車乗り場へ行きました。せっかく乗り合い馬車があるのですから、それで移動するようです。
「今から出るのは、ボテン行きですって。ふうん、ボテンってここから北西にある町なのね。どうする?」
「いいんじゃないか。待ってるのも面倒だし、乗っちゃおうよ」
 特に目的地もない旅です。ルークもそう言いますから、二人は切符を買うとボテン行きの馬車に乗り込みました。二頭の馬が引く箱型の馬車には、すでに数人の客が乗っていました。
 空いている席に座ると、出発の音楽が鳴りました。
「ボテン行き、乗り合い馬車が出発しまーす」
 ボロン、ボロン。大きなハンドベルの音を合図に、馬が走り出しました。
 最初はゆっくりだった進みも次第に速くなり、馬車の窓を街の景色が流れていくと、あっという間に街道へと出ました。

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