鳥乙女と流れ星魔法使い−ちょうちょう−/サンプル
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「記憶を取り戻すには、やっぱり旅よね」
 やけに、張り切った調子で、鳥乙女は言いました。
 ルークは、ピンとこないのか、
「旅かぁ」
と、ぼんやりとしています。鳥乙女は、すかさず、
「そう。ロマンとスリルたーっぷりの大冒険よ」
 こぶしを握りしめ、熱っぽく語りました。
 ここだけの話、鳥乙女は旅に憧れていました。
 昔々に聞いた、誰かの冒険話を、ひとりぼっちになってしまった今でも思い出し、思いをはせているのです。
 そうとは知らないルークは、
「たしかに、刺激があれば、記憶も戻りやすいかもな」
「そうでしょ?」
「だったら、まずは船が必要だな。だって、航海に出るんだもの」
 もう、すっかり乗り気になっています。
 こうなったら早いもので、二人は早速、船をつくり始めました。
  ギーコギーコ、トンテンカンテン。
 切って、叩いて、組み上げて……。
 少しいびつですが、立派な船ができました。
「ようし。準備を整えて出発だ」
「待って、その前に……。じゃーん」
 そう言って、鳥乙女は、後ろに隠し持っていたものを取り出しました。
「ランプじゃないか。それと、なんだい?その花」
 ルークは、腕の中の花を見て、首をひねりました。
「これはね、雪バラっていうの。暗いところで光るから、夜も安心よ」
 鳥乙女は、船の先端にランプを、へりには雪バラをつけました。
「すてき!かわいくなったわ」
「ま、いっか」
 はしゃぐ鳥乙女を、ルークは、ほほえましく見つめました。
 波はおだやかで、絶好の船出日和です。
「いってきまーす」
 二人は船に乗りこむと、島に向かって手を振りました。
  クイー、クルー
 頭の上を、海鳥が飛んでいきます。
 航海は始まったばかり。順調に進んでいます。
 オールは交代で漕いでいて、今はルークの番です。鳥乙女は、海面を覗きこんで、魚を見ています。
「あんまり覗きこむと、落ちちゃうぞ」
「わかってます」
 それでも、鳥乙女が大きく身を乗り出すので、ルークは気が気ではありません。
 だから、ちょっとずるをして、
「きみの番だよ」
「あら。もう、そんな時間なの」
 オールを鳥乙女に渡しました。
 やがて、夜になりました。
 月も星もない空で、暗やみが広がっています。ですが、ランプと雪バラのおかげで、船は明るく照らされています。
「夜の航海は危険だからね。今日はここまでにしよう」
 船を泊め、いかりを降ろしました。
「おやすみ」
 横になると、二人ともすぐに眠ってしまいました。
 明け方、鳥乙女が目を覚ますと、景色がちょっぴり変なのです。
 きょろきょろと、辺りを見回して、
「あらら。真っ白」
 見渡すかぎりの真っ白は、深い霧のせいでした。近くにいるルークさえも、おぼろげにしか見えません。
 ルークは、霧が出ているのを知るや否や、
「こういう時は、じっとしているに限る」
と、また寝転がってしまいました。
 霧は晴れる気配を見せません。それどころか、朝だというのに、だんだんと薄暗くなってきました。しまいには、雨まで降りだす始末です。
「こりゃ、嵐になるぞ」
 ルークは、心配そうに空を見上げました。
 予想は的中し、すぐに天気は荒れ始めました。
 うちつける雨に、強い風。波がいくどとなく、船に覆いかぶさります。

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