魔法使い家を建てる

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 昨晩の嵐はすさまじいものがありましたから、魔法使いが住んでいる小さな家は、すっかり傷んでしまいました。
「まいったな。新しく建て直さなくちゃ」
 そう声に出していいましたが、建築の労力を考えるとなかなか大変そうで、実際に行動に移すまで、結構な日にちを要しました。
 よく晴れたある日、魔法使いのトピは、ようやく重い腰を上げて机に向かいました。
 大きな紙を広げて、まずはどんな家にするか、間取りや外観を考えました。自分のすごすところだけではなく、家が壊れた拍子に、ペットのヒキガエルたちが逃げ出してしまったので、今度は逃げられないような小屋も作らなければなりません。そのあと、建築に必要な材料を書きだしていきます。
「柱と壁に使う木に、窓ガラス。屋根の瓦に、そうだ、ベッドも新調したいな。とにかく色々と必要だな」
 みるみるうちに、白い紙は絵や文字で埋まっていきました。書き終わると、トピは小さく紙を折って、着ていた群青色のローブのポケットにしまいました。
 家を出て扉を閉めようとして、
「ん?んん?」
 トピは、はたと立ち止まりました。そこには、あるはずの玄関扉がありません。
 すかさず、メモに書き加えます。
「玄関扉。これはとても重要なものだね」
 目立つように文字の頭に花丸もつけました。
 木は嵐で折れたものを集めてそろえました。 瓦は軽くて丈夫な素材のものに変えました。色は、野道にたくさん咲いていたひまわりと同じ黄色にしました。
 最後に、ガラス工房で窓ガラスを選んでいましたが、なかなか気に入ったものが見つかりません。
「もうちょっと変わったガラスはないですか?」
「うちでは普通の窓ガラスしかつくってないからねえ」
 変わったものはないよと、工房のおじさんはいいました。それでも、 新しい家にこだわりたいトピは、気に入ったガラスを見つけるため何軒ものガラス工房に聞いてまわりました。
「変わったガラスはないですか?」
 しかし、答えはどこも同じです。
「うちにはないよ」
 トピはがっかりして、途方にくれてしまいました。 ないのなら妥協してしまえばいいのですが、どうしてもそうしたくありません。
「せっかく自分で作るのだから、満足できるものを作らなくちゃ意味がないよ」
 トピは深いため息をつきました。
 そうやってうなだれて当てもなく歩いていると、突然、強い光が目を射ました。
 しかめ面で顔を上げ、あたりを見回すと、太陽を背になにかが輝いているのが見えました。
 輝くものの正体を暴くため、トピは足音を立てないようそれに近づきました。 山のようにそびえる物体の輪郭をとらえ、さらに進んで、その巨体が太陽を隠していくと、それが一体なんなのかはっきりとわかるようになりました。
「いやあ……、驚いた」
 輝くものの正体は、大きな竜でした。
「こんなところで、なにをしているんだい?」
 話しかけると、岩山のようにごつごつとしたうろこをまとった赤い竜は、ゆっくりと瞼を上げました。体を伏せたまま、金色の瞳で目の前にいるトピを見ると、ぽつりといいました。
「……寒いんだ。寒くてたまらないんだ」
 大きな体を縮めて、竜はなんともおかしなことをなげきます。だって、今は夏なのですから……。
 よくよく話をきけば、彼も彼なりに大変な思いをしていたようです。
 この赤い竜は、ものすごく暑い場所が好きで、以前は年中マグマの噴き出す火山の火口で暮らしていました。しかし、その火山が活動をやめ、マグマを噴き出さなくなってしまったため別のすみかを探していたのですが、住み心地のいい場所はなく、しまいには疲れ果ててここで動けなくなってしまったのです。
「ふむふむ、なるほどねぇ」
 それを聞いて、トピはひらめきました。にやにや笑みを浮かべると、竜の体をぽんと叩いて、
「じゃあ、僕がとっておきの魔法で君を元気にしてあげよう。そのかわり、うまくできたら僕のお願いを聞いてくれるかな?」
「いいとも。それより、早くその魔法で元気にしてくれよ」
 急かす竜をたしなめると、トピは右手を空に向かって伸ばし、人差し指をぴんと立てました。 立てた指先に神経を集中させると、大きな声で呪文を唱えました。
「レナニマタ、ノヒ、ルマン。マラシバ、ヒイツア、イツア!」
 天をつらぬくかのような巨大な火柱があがったかと思えば、すぐに小さくしぼみ、赤いまん丸のガラス玉に姿を変えました。
「これがあれば、もうどこに行っても平気だよ」
 トピはできあがった玉を竜にわたしました。 さっきの火柱が閉じ込められているようで、玉の中で炎が激しく渦巻いています。
「わあ!持っているだけで体が熱くなって、なんだか元気になってきたぞ!ありがとう。君ってすごいや」
「どういたしまして。元気になったみたいだから、お願いを聞いてくれるよね」
「もちろん!」
 竜は玉を手のひらで転がして、上機嫌で答えました。
 トピは竜のうろこを数枚もらいました。 一枚が一抱えするほど大きなうろこですが、重さはほとんど感じられず、叩いても割れるどころか叩いた手が痛くなるほど頑丈です。太陽にかざしてみると、透明の中に油膜をはったようなマーブル模様がうっすらと色づいており、さらに表面の凹凸によって、模様は立体的な表情を見せます。 その風合いにトピは大変満足しました。 そんなうろこを何に使うのかといえば、もちろん窓ガラスの代わりにするのです。
「さてさて、これでようやく建てられるな」
 材料はそろいましたが、今度は家の建築です。ちゃんと一人で建てられるのでしょうか?
 玄関扉のない家に戻ると、トピは倒れたままの本棚から、一冊の分厚い本を取り出しました。
「あった、あった」
 トピが開いたお目当てのページには、 『住み心地のいい家を建てるために。建築魔法を唱える手順』 と書いてありました。 どうやら、トピは魔法で家を建ててしまうようです。
「材料はそろったから、その次……。えーっと、建築したいもののイメージをしっかり脳に刻むこと。呪文は……」
 ポケットにしまっていた設計図を取り出し、じっと見つめた後、目をつむりしっかりとイメージを頭の中に焼きつけました。 外に出て、ぼろになった家に向き合うと、トピは覚えたばかりの呪文を唱えました。
「テタヨエ、イノ、リッキビ、トエ、イノウコ、イサ!」
 呪文を唱えると、風が吹き、傷んだ壁や屋根瓦を巻き上げはがしました。 それが終わると、トピがそろえた木や新しい屋根瓦が宙に舞いました。舞った材料は家の古くなった壁や屋根瓦の代わりにその場所に収まりました。 見えない大工がいるかのように、家がどんどん出来上がっていくので、トピはその様子が楽しくて仕方がありません。
 三十分ほどで家は立派に新しくなりました。それでも、まだ何かが足ないようですが……。
「最後は、これを僕がはめて完成だ」
 足元に隠していた竜のうろこを持って、トピは新しい家に入りました。 そして、枠だけの窓にうろこをしっかりとはめこみました。
「なんてすばらしいんだ!やっぱりこだわってよかった」
 腕組をして、トピは何度も窓を見てうなずきました。
 それからというもの、トピは家作りが楽しくなってしまい、魔法で様々な家をあちこちに建てました。
「魔法使い兼大工なんていうのも、悪くないかな」
 そんな風に考えては、ふふふと楽しそうに笑いました。

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