キミを飼育する僕

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(キミを飼育し始めて、一体どれくらい経っただろう。)
机の上に広げたノートに日記をつける手を止めて、彼は部屋の中央に陣取っている大きな檻に目を向けた。
檻の中には、大きな芋虫が一匹横たわっている。一定の間隔で聞こえてくる地鳴りのような音は、おそらくその芋虫のいびきだろう。音がするたび、空気が震えて全身が痺れたような感覚になる。
(キミは一体、何になる?)
彼は立ち上がると、檻越しに芋虫を見つめた。
鉄格子の隙間から、そっと手を伸ばし、芋虫の皮膚に触れた。柔らかな、弾力のある体を優しく撫でていると、巨体はもぞもぞと身を捩り、閉じていた瞼(のような膜)を開いた。
「起こしちゃったね。ごめん」
謝ると、彼は再び巨体に触れた。
不意に、手のひらに伝わる巨体の脈打つ律動に、不思議な恐ろしさを感じ、とっさに手を離した。
(キミは生きている。)
目の前にいる生物は生きている。作り物でもなんでもない。それなのに、自由に外を歩くことも出来ずに、檻の中に閉じ込められている。
(何て、残酷なことだろう。)
鍵を開けてやろうか、野に放ち自由にしてやろうか。そんなことが頭をよぎった。が、彼はその考えをすぐに振り払った。
(自由が幸せとは限らない。)
実際、この芋虫は自分で餌を捕まえることを知らない。いるかも分からないが、天敵と戦う術も持たない。巨体でありながら、非力で無力だった。
(このまま、僕と暮らせばいい。)
檻の中で、狭い部屋の中で、二人ぼっちで暮らすのがきっと幸せなのだ。きっと、きっと……。
彼は檻の鍵を開けると、芋虫に寄り添って眠った。巨体も、ゆっくりと瞼を閉じた。
窓も扉もない狭い部屋の明かりが、彼を飼育する誰かによって静かに落とされた。

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2018.4.14
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