化け猫マコちゃん

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 修平の隣の席は、学校一の美少女のマコちゃんだ。マコちゃんは、勉強もスポーツもできて、誰にでも優しい人気者だ。
 しかし、修平はそんなマコちゃんが苦手だった。どうしてだか、自分でも理由はわからないが、マコちゃんを見ると、大大大の苦手な猫を見た時のように、全身がぞわぞわ、くすぐられたようにこそばゆくなる。とくに、マコちゃんの笑った顔、目がにゅうっと細くなるのを見ると逃げ出したくなるほどだった。
 今日は一時間目から音楽だ。先生のかけ声で、生徒たちは班に分かれて合奏の練習にとりかかった。席順で分けられたグループなので、修平とマコちゃんは同じグループにいる。
そこで気がついたのだが、マコちゃんはカスタネットが嫌いなのだ。音を聞くのも嫌なようで、カスタネット当番にさせられそうになったときには、上手いこといって他の子に押しつけてしまったくらいだ。ある時、不思議に思って、
「あのさ。マコちゃんって、カスタネット嫌いなの?」
「え?」
 修平の質問に、マコちゃんは、やたらあせったような顔をした。修平はいけないことを聞いたかと思い、すぐに自分の気のせいだと言ってごまかしたが、何を考えているのか、マコちゃんは大きな目でじっと修平を見つめていた。
 放課後、修平が昇降口で靴を履きかえていると、マコちゃんに家に遊びに来ないかと誘われた。
「わたし修平くんともっとお話したいの。だから、ね?来てくれるでしょ」
「あ、うん……」
 腕を強く掴まれて、修平は半ば強引にマコちゃんの家に連れて行かれた。その強引さに、何かされるのではとひやひやしていたが、マコちゃんはとくに変わった様子も見せず、むしろいやに優しくもてなしてくれた。が、一つだけ気になることが。なぜか、マコちゃんはお化けの話ばかりするのだ。それも、どこか修平を探るような感じで。
(変なマコちゃん)
 修平はそのたびに、首をひねるのだった。
「おじゃましました」
 あっという間に帰る時間になり、修平はマコちゃんの家を後にした。
「バイバイ。また明日ね」
 手をふりながら見送ってくれた、マコちゃんとマコちゃんのお母さんの目が、にゅうっと細くなり、修平はぶるりと身震いをした。
(やっぱり、なんか苦手だ!)
 二人の姿が見えなくなると、修平は全速力で家まで走った。
 その晩、眠っていた修平は、妙な気配を感じた。誰かが近くにいるような気がする。
(もしかして……、幽霊?)
 不気味な幽霊の姿を思い浮かべ、修平はどっと冷や汗をかいた。
(早くどっかに行け!)
 目をきつくつむり、心の中で念じていると、幽霊はなにやらこそこそと話しはじめた。
「この子が修平くんニャ?」
 へんてこな言葉づかいで、男の人の声が言った。すぐさま、子供の声が返事をする。
「そうニャ。ちょっとまずいかもニャ。気づかれてるかもしれないのニャ」
 不安そうなこの声を、修平はどこかで聞いたことがある気がした。
「どうするニャ?早く手をうたないと、ご先祖さまみたいに……」
 そして女の人の声。どうしてだろう。この声も聞いたことがあるような……。
 修平はおそるおそる目を開けた。すると……、
(ネコ!)
 真っ暗闇に、六つの緑色の目が、らんらんと光っているではないか!
 修平が目を覚ましたことに、六つの目は驚いたように見開いたが、すぐににゅうっと形を細くした。
「うわああああっ!」
 修平は恐ろしさと、全身のこそばゆさに悲鳴をあげた。はっと気がつくと、もう朝になっていて、六つの目はどこにもなかった。
「一体、なんだったんだよ」
 夢か現実かはわからないが、あまり気持ちのいいものではない。修平は学校の帰りに近くの神社に寄ると、あんなことが二度と起こりませんようにと、お願いをした。
 ふと、背中に視線を感じてふり返ると、誰もいない代わりに、カラスが一羽こちらを見ていた。昨日のことといい、このカラスといい、不気味の連続に気味が悪くなり、足早に立ち去ろうとすると、
「石のつみつみ、下掘れカァカァ」
 なんと、カラスがしゃべったのだ。しかも、昔話にでてくるような歌を歌って。
「石のつみつみ、下掘れカァカァ」
 あっけにとられている修平をよそに、カラスはもう一度歌った。聞き間違いではない。このカラスは、修平に地面を掘れと言っているのだ。
 そうなると、修平は境内をくまなく捜し、カラスの言う「石のつみつみ」を発見した。手のひらほどの石がいくつも積んであるその下を掘っていくと、そこには古い木の箱が埋められていた。中には、鈴のついたカスタネットのようなものが、布にくるまれてあった。
「なんだこれ?」
 手にとって眺めていると、いつからいたのか、こわい顔をしたマコちゃんが近寄ってきて、
「それを渡してちょうだい」
 仁王立ちで修平をにらんだ。
「ど、どうして?」
 その迫力に、修平は思わず後ずさりをした。とっさに、カスタネットを隠したのは、渡してはいけないと思ったからかもしれない。
「修平くんは何も知らなくていいの。それをわたしに渡してくれればいいの」
「だから、なんで……」
 マコちゃんはゆっくり近づいて、修平を境内の隅っこに追いつめていく。そして、
「どうしてでも、なんででも、それをこっちに渡すニャー!」
 マコちゃんは、まん丸の目をつりあげた。その目は緑色の、昨日、修平が見たあの目だった。
 みるみるうちに口が裂け、ピンと伸びたひげが生え、ふさふさの耳とシッポが飛び出て、マコちゃんは学校一の美少女から、とんでもない姿に変わってしまった。その姿はまるで、
「ば、ばけねこー!」
「待つニャー!」
 化け猫になったマコちゃんは、逃げる修平をすさまじい速さで追ってくる。修平は足がもつれて何度も転びながらも必死で走った。しかし、息も切れ切れ、もう捕まってしまうと思われた時、
木の上で、あのカラスが再び歌ったのだ。
「カチカチ鳴らす。ネコネコ唱える。ネコネコスキスキカツブシブシ。マタマタタビタビゴーロゴロ……」
 修平は、掘り出したカスタネットを鳴らすと、カラスのまねをして、大声で唱えた。
「ネコネコスキスキカツブシブシ。マタマタタビタビゴーロゴロ……」
「や、やめるニャー!」
 マコちゃんは、頭を抱えうずくまった。それでも修平は唱えるのをやめない。マコちゃんは地面に寝転がると、
「ウニャ〜。なんでニャ?力が抜けるニャ。ほわほわな気分ニャ〜」
 苦しむどころか、幸せそうにゴロゴロのどを鳴らした。すっかり大人しくなったマコちゃんは、いつもの学校一の美少女の顔に戻っていた。
 修平はへなへなとその場に座りこんだ。足が震えてしばらく立てそうにない。カラスは木の上から、おみごとと、修平をほめた。それから、ぴょいっと地上に降りてくると、修平の手からカスタネットをくわえて取り、それをマコちゃんの前に置いた。
「わかったであろう?これにはお前たちを封印する力なんてないのだ」
 カラスの言葉に、マコちゃんは勢いよく体を起こした。
「でも、ご先祖様は……」
「お前たちのご先祖様は、寿命だったのだ。安らかに眠れるようにと、わしがこれを使ってお経を唱えたせいで、お前たちを勘違いさせてしまったのだな。すまなかったのう」
「そうだったのニャ」
 真実を知って、マコちゃんは安心したようだった。修平もぞわぞわの謎とカスタネット嫌いの理由がわかり、胸がすっきりした。
「ところで、カラスさんってば何者なの?」
「わしか?わしはむかーし昔、この神社にいた神主じゃよ。これでようやく天国に帰れるわい」
 カラスの神主さんは、カァカァと笑った。
 このことがあって、修平はマコちゃんの秘密を知る唯一の人間となった。もちろん、これは誰にも内緒のこと。話したら最後、もし話してしまったら、マコちゃんと、マコちゃんのお父さんとお母さんから、きつーいお仕置きをうけるのだ。ちなみにそのお仕置きというのは、
「お泊りの刑だニャ。修平くんは、ぞわぞわ、こそばゆーくなるニャ」

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2015.6
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