悪夢の境界線

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真っ直ぐに伸びた道しかない森の中をひたすらに歩いていくと、急に開けた場所に出た。
遮るものが何もないその大きな広っぱに、ぽつんと、倒れている誰かの足が見えた。ばたばたと裸足をせわしなく動かす体の上には、大きな白い立方体が置かれている。
(つまり、彼(彼女)は潰されているわけだ。)
興味のまま近づいてみて、のん気にそうやって考えている間も、すぐそばでは人間(おそらく)の足がうるさく動いている。
「苦しいですか?」
声をかけてみるも返事はない。苦しくないのかもしれない。
「楽しいですか?」
今度も返事はなかったが、足が一層激しくばたついた。どうやら楽しいらしい。
(それはよかった。)
なんとなくほっとして、そのままその場に座り込むと、しばらくばたつく足を眺めた。よく観察してみると、彼(彼女)なりにリズムを刻んで動かしていることが分かった。
「へいへいへへい」
リズムに乗って、勝手に歌を口ずさむ。その歌に合わせて彼(彼女)も足を動かす。なかなかいかしたセッションだ。
「あ」
ふと思い出して、リズムを崩した。足も止まる。
大事なことを忘れていた。
「帰らなくちゃ」
「どこへ」
声に驚いて目線を移すと、いつの間にか足は消えて、あったはずの立方体は大きな犬の生首に変わっていた。
「どこへ」
犬は生臭い息を吹きかけて聞く。
「あそこ」
「あんな、つまらないところへ」
「まあ、そう言わないで」
「またここへ来る?」
「たぶん」
「そうか」
犬はがっかりした表情を浮かべた。けれどこればかりは仕方がない。
(だって、僕は同じ夢が見られない。)
目の奥がきゅうと眩しくなって、犬も広っぱも霞んでいって、消えた。
「おはよう」
視界に映った同居人の寝顔に、ぽつりともらす。時計は、目覚ましベルの鳴る五分前を差していた。
ぐっと伸びをして、あくびを追い出す。足をベッドから下ろしたところで、バランスを崩した。
「いけない」
少しひやりとしたが、倒れることはしない。これだから寝起きは気をつけなくてはならない。
(だって、僕は猫だもの。)
柔らかく伸びた尻尾が、空を撫でた。
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2020.7.8

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